棚橋 弘季
株式会社ロフトワーク 執行役員 兼 イノベーションメーカー
芝浦工業大学卒業後、マーケティングリサーチの仕事を経て、1999年頃よりWeb制作の仕事に携わるように。2004年からは株式会社ミツエーリンクスにてWeb戦略立案や人間中心設計によるコンサルティング業務に従事。
2008年からは仕事の対象をWebからプロダクト/サービスへとシフトし、株式会社イードにてユーザーリサーチやインタラクションデザインに関するコンサルティングを経て、2009年株式会社コプロシステムにてクライアント企業のための新規商品/サービス開発支援業務や社内イノベーター育成のための教育プログラムの提供などを行う。
2013年にロフトワーク入社。サービスデザインの領域を中心に、クライアントのビジネス活動にイノベーションを実現するための支援業務を担当する。 著書に『デザイン思考の仕事術』、『ペルソナ作って、それからどうするの?』、共著に『マーケティング2.0』。個人ブログ「DESIGN IT! w/LOVE」は2005年から継続中。
Judge’s selections
常若 / The Tokowaka Prize
土という、実は食糧生産や人間の健康面でも重要な価値をもち、同時に再生可能性が低いともいえる資源にスポットライトを当てている点をまず評価。土の資源的な価値を重視し活動している複数企業をつなぐコンソーシアムのなかから、ヴェネチアビエンナーレという世界的な祭典の抱える問題に着目し、その芸術祭のフォーマットにあわせつつそのフォーマットが抱える課題解決の案を具体的に提示しているのは、おもしろくわかいやすい。グローバルな連携による革新的活動とローカルで伝統的なアプローチ、環境・社会の課題の解決とアート的な試みという一見相反して衝突も起こりそうな2つのものをぶつけているところは、何か新しいものが生まれそうな予感=常若な予感を感じさせてくれる。
コモンズとしての農業 / Agriculture-as-Commons Prize
EUは2019年の「欧州グリーンディール」計画のなかで「Farm to Fork(農場から食卓まで)」を中核をなす戦略として位置づけている。このCSAのモデルでは、さらにそこに循環型の要素を加えることで、生産の場=土壌が食べるものを消費者(市民)がコンポストというかたちで生産する責任を追うかたちにできている点が評価のポイント。循環型の社会の実現には、市民が無責任な消費者のままでいる従来型の状態から、自然=社会に対する責任をもった一員として自覚的に考え行動できるようになるデザインが不可欠。市場経済において大規模農家と比べて、経営のむずかしさがある小規模農家を地域で支えるという観点からも効果が見込めそうな点もよい。この応募作品では、そうした点も踏まえて食と農業の循環型デザインが行われている。
サイスの弟子たち / The Novices of Sais Prize
18世紀ドイツのロマン主義作家ノヴァーリスに『サイスの弟子たち』という未完の小説がある。サイスは古代エジプトの町で、植物の再生を神格化したオシリス神が弟セトに殺されバラバラにされて葬られたと言われる土地だ。そんな町の名を関した小説で、ノヴァーリスは自然とは何かを問う。「精神の色彩がひとつに溶けあうにつれ、個々の自然物や現象も、みな、ますますひとつに溶けあい、ますます完全な、ますます人間的な姿をとって、この色彩のなかへと流れ込んでいく」と書き、オシリスがセトにバラバラにされてしまう前と同じように、人間が自然と一体となった状態を理想として描く。エシカルホテル「Mana Earthly Paradise」での体験は、ノヴァーリスが次のように描いたもに近いのではないかと、夢想する。「かの昔日の人びとには、万象が人間的で、なじみ深く、親しいものに思えたはずだし、かれらの眼には、それらの最も鮮やかな特性がそのまま映じたにちがいない」。
オイケイオス:環境―制作 / Oikeios Prize for Environmental Design
Combing manure treatment and sustainable farming as integrated circular agriculture system
Agriforward Co., Ltd.
小規模な養豚場の糞尿処理という問題を、施設の大規模変更という金銭面で現実的でない解ではなく、処理のプロセスをリデザインするという視点から、ソリューション的に解決し、水の浄化だけでなく、ポメロの果樹園での農薬・除草剤の削減にもつながるような循環型のしくみを構築している点が、サーキュラーデザインの事例として評価できる。また、解決にあたっては、PSBという微生物を用いたバイオテクノロジー、ポンプなどの制御にIoTベースのバルブコントローラーを用いるなど、異なる領域の新しい技術を積極的に用いたデザインになっていることも評価のポイント。
生命の網 / The Web of Life Prize
生分解性のバイオマテリアルを生産する新しい技術によって、ガリシアの伝統文化としてのバスケット織り工芸の衰退を防ぐという新旧融合がおもしろい。自然環境の持続可能性のために、伝統文化の持続可能性をあきらめるのではなく、前者の課題を解くために後者の知恵を活かすという視点。バスケット職人、デザイナー、科学者という異なる領域の人々が水産業を守るという観点でコラボレーションし、古く新しい解決策を導き出していることは、サーキュラーデザインを考える上での1つの示唆を与えてくれる。